3. ゲノム情報の大切さ

登場人物
亜美乃さん
36歳、1児のママ。最近よく目にする「ゲノム」について知りたい。本人は高血圧症の持病がある。3歳の息子は筋ジストロフィーの疑いと言われており、先日、母親が乳がんと診断された。
玄務(げのむ)先生
ゲノム医療に詳しいお医者さん

ゲノム情報は、「究極の個人情報」と聞いたことがあります。ゲノムの検査を受けるとき、どういう点に注意する必要があるのか教えてください。

生まれつきもっているゲノム情報は親から子に伝わるものであり、様々な特徴をもっています。これを踏まえて、注意すべき点を説明していきましょう。

ゲノム情報とプライバシー

ゲノム情報の特徴

ゲノム情報には、一人ひとり違うという「固有性」があり、かつ、あなたの体質や将来病気になる可能性についてある程度の「予測性」もあることから、慎重に取り扱われなければなりません。医療機関では、あなたのプライバシーの一部であるゲノム情報を保護するために、ゲノム情報に特化したカルテを作成し、一般の電子カルテとは別のパスワードをかけてゲノム医療に関わる一部の医療者のみが見られるようにするなどの工夫をしています。また原則として、事前にあなたの同意を得ずに他の医療機関などにゲノム情報を提供することはありません。

知る権利と知らないでいる権利

あなたには、自分のゲノム情報を知る権利があるとともに、知らないでいる権利もあります。ゲノムの検査を受けていただく場合は、検査前に必ず、検査の目的や意味、検査で何がわかるのか、検査を受けない場合の影響や他の選択肢などについてしっかり説明して十分に理解いただき、同意(「インフォームド・コンセント」といいます)が得られた場合にのみ検査を実施します。その際、ゲノム医療の専門家が遺伝カウンセリングを行って、あなたの意思決定に寄り添います。一度、ゲノム情報を知る(ゲノムの検査を受ける)ことを選んだ後でも、検査結果を聞くときまでにやはり知りたくないと思った場合、結果を聞かないという選択もできます。反対に、ゲノム情報を知らないでいることを選んだ後でも、やはり知りたいと思った場合、検査を受けることや、検査結果を聞くことができます。ゲノム情報をいったん知ったら、知る前の自分に戻ることはできません。判断に迷ったり悩んだりするときは、遠慮なく遺伝カウンセリングで相談してみましょう。

知る権利・知らないでいる権利
  • 検査を受けるか決める前に、検査の内容、検査結果が診断・治療・予防にどのように役立つのか、検査結果がもつ意味、検査を受けなかった場合の影響や他の選択肢などについて、説明を聞きます。
  • 検査を受ける前、結果を聞くとき、その他希望に応じて、遺伝カウンセリングを受けられます。
  • 一度、知らないでいることを選択しても、後から知りたいと思ったときに選択を変更できます。
  • 選択はあなたの自由です。人に合わせたり、強制されたりするものではありません。

あなただけのものではないゲノム情報

ゲノム情報は、生物学的な父親から半分、母親から半分、受け継がれたものです。したがって、あなたのゲノム情報は、あなた自身の個性の源であると同時に、その一部を、あなたの血縁者(祖父母、親、子、きょうだい、いとこなど)と共有しています。
あなたがゲノムの検査の結果、何らかの病気に関連がある病的変異をもっていることが判明した場合、あなたの血縁者も同じ病的変異をもっている可能性があります。あなたのゲノム情報が、血縁者の健康にも関係する可能性があるのです。そこで、ゲノムの検査を受ける前には、検査結果を血縁者にも伝えたいかどうかも尋ねます。また、検査結果を伝えたい血縁者がいる場合には、検査前の遺伝カウンセリングに一緒に参加していただくことが望ましいでしょう。
大事なことは、血縁者にも、自分自身のゲノム情報を知る権利と知らないでいる権利があるということです。あなたが、血縁者も検査結果を知りたいだろうと思っても、当人は知りたくないと思うかもしれません。その反対の場合もあるでしょう。また、誰かの意見を他の人に押しつけたり、譲ったりすることは望ましくありません。血縁者以外の家族(例えば配偶者やその親)が、あなたやあなたの血縁者に検査を強要することも望ましくありません。検査を受ける際は事前に、関係する家族とよく話し合いましょう。そして、家族内で解決することが難しい場合には、遺伝カウンセリングで相談しましょう。
未成年の子供がいる場合、子供自身に何も症状がなければ、本人がゲノムの検査を受けられるのは、原則として成人になってからとなります。ただし、有効な予防手段があるような病気の場合には、成人前であっても検査を受けられる場合があります。

血縁者と共有するゲノム情報

米国の有名女優が、将来がんになる可能性を下げるために、まだ病気になっていない乳房を2013年に、また卵巣・卵管を2015年に、予防的に切除したことは、大きなニュースになりました。彼女は母、祖母、おばを乳がんで亡くしており、医師は、彼女の家族歴(家族の病歴)から、彼女に遺伝性のがんの可能性があると考えました。そして遺伝学的検査を受けた結果、彼女のBRCA1遺伝子に病的変異があることが判明し、将来乳がんを発症するリスクが87%、卵巣がんは50%と予測されたのです。彼女自身が遺伝子の病的変異をもっていることから、彼女と血縁関係にある子供たちも、50%の確率で同じ病的変異をもっている可能性があります。
なお、病気になるリスクの大きさは、遺伝子の病的変異があるかどうかだけでなく、家族歴などの情報をもとに予測されるため、一人ひとり異なります。

ゲノム情報がもつ「社会性」

1997年、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が「ヒトゲノムと人権に関する宣言」を発表しました。その中で、私たちの誰もが、遺伝的特徴(ゲノム情報によって決まる特徴)にかかわらず尊厳と人権を尊重される権利をもっていること、遺伝的特徴に基づいて人権や基本的自由、人間の尊厳を侵害する意図や効果をもつ差別を受けることがあってはならないことがうたわれています。
年齢や、性別、人種、障害などを理由に人を差別してはならないように、ゲノム情報に基づく差別も絶対にあってはなりません。例えば、将来がんを発症する可能性が高い病的変異をもっていることを理由に、仕事を辞めさせられたり、民間の医療保険への加入を断られたりすることなどは許されません。世界には、こうした差別を禁止する法律を定める国もありますが、日本には、現在のところそのような法律はありません。皆が安心してゲノム医療の恩恵を受けられる社会であるために、ゲノム情報が一人ひとりの個性と多様性の源であることを保障し、保護する仕組みを作ることが求められています。