1. ゲノム医療で調べること、わかること
- 亜美乃さん
- 36歳、1児のママ。最近よく目にする「ゲノム」について知りたい。本人は高血圧症の持病がある。3歳の息子は筋ジストロフィーの疑いと言われており、先日、母親が乳がんと診断された。
- 玄務(げのむ)先生
- ゲノム医療に詳しいお医者さん
ゲノム医療とは?
ゲノム医療は、一人ひとりのゲノム情報に基づいて行われるため、一人ひとりに合った病気の治療や予防が可能となります。
私たちの体は、「ゲノム」とよばれる遺伝情報(ゲノム情報)をもとに形づくられています。このゲノム情報は、両親から半分ずつ受け継ぎ、一人の人の体のすべての細胞は、同じゲノム情報をもっています。ゲノムの検査では、細胞の中にあるDNAの4種類の塩基、すなわち、A(アデニン)・T(チミン)・G(グアニン)・C(シトシン)の並び方(「塩基配列」といいます)を調べます。
全身の細胞が同じゲノム情報をもっているので、ゲノムの検査(いわゆる遺伝子の検査)は、一般的には血液で行います。
- 人の体は多くの細胞からなり、各細胞の核の中には染色体がある。染色体を解きほぐすとDNAが現れる。このDNAはA(アデニン)・T(チミン)・G(グアニン)・C(シトシン)という4種類の塩基がたくさんつながったもので、ゲノム情報はA・T・G・Cの並び方(塩基配列)として表されている。一人の人のすべての細胞は、同じゲノム情報(同じ塩基配列)をもっている。このA・T・G・Cの並び方を調べるのがゲノムの検査(いわゆる遺伝子の検査)である。
A・T・G・Cは全部で30億個余もありますが、自分と他人のゲノム情報を比べると、0.1%ほどの塩基配列が違っており、この違いが一人ひとりの体質の多様性のもとになっています。特に、遺伝子(ゲノム情報の中でも、タンパク質を作るもとになる部分。)の中に、標準的な塩基配列と異なる部分(これを「変異」といいます。)があると、作られるタンパク質の性質などが変わり、その結果、病気になる場合があります。
例えば、筋肉細胞の骨組みをなすジストロフィンタンパク質は、ジストロフィン遺伝子の塩基配列をもとに作られますが、この遺伝子の塩基に変異があると、ジストロフィンタンパク質がうまく作られなくなり、筋肉細胞が壊れやすくなって筋ジストロフィーを発症します。
ゲノムの検査によって病気の原因となる遺伝子に変異を発見できれば、病気の治療や予防につながります。このように、ゲノム情報に基づいて診断し、一人ひとりに合わせた治療や予防を行うのが「ゲノム医療」です。
腫瘍組織の中のがん細胞のゲノム情報は、親から受け継いだままのものではなく、加齢や環境の影響(喫煙、紫外線など)によって一部が変化し、がん細胞特有の遺伝子変異をもっています。したがって、適切な治療法を決定するために行う、がんのゲノム検査では、がん細胞を用いて検査します。
ゲノム情報と病気の関係
遺伝子の塩基配列の変異(遺伝子変異)によって作られるタンパク質が変わって病気になることがあるのですね。息子もそうかもしれませんね。でも、遺伝子変異があると、必ず病気になるのでしょうか?
必ずというわけではありません。遺伝子変異と病気との関係はなかなか複雑で、遺伝子変異の影響が大きい場合とそうでない場合があります。
病気の中には、一つの遺伝子に変異をもっていることで、ほぼ100%の確率で発症するものがあります。その場合には、ゲノムの検査を受けることで病気の診断につながります。下図の一番左に位置するこうした病気を「単一遺伝子疾患」といいます。筋ジストロフィーなどは、これにあたり、ゲノムの検査でジストロフィン遺伝子に変異がみつかれば、筋ジストロフィーだと診断がつき、治療や予防に役立てることができます(ゲノムの検査が治療や予防にどのように役立つかはこちらで述べます)。一方、下図の一番右に位置する事故による骨折などは、基本的に遺伝子変異とは関係ありませんので、ゲノム情報を調べても、骨折を治療したり予防したりするのには役立ちません。
- 左端は、遺伝子変異が発症につながる場合。右端は、事故などゲノム情報と関係がない場合。多くの病気はこの中間で、ゲノムの変化に環境の影響が加わって発症する。
しかし、大部分の病気は、ゲノム情報と環境(食事や運動の習慣、紫外線を浴びるなど)の両者が発症に影響します。その場合は、遺伝子変異があったとしても、病気を発症するとは限りません。亜美乃さんがかかっている高血圧症はそうした病気の一つです。亜美乃さんがゲノムの検査を受けて、高血圧に関係する遺伝子変異が見つかったとしても、亜美乃さんと同じ変異をもつ人が、すべて高血圧症になるわけではありません。その人の生活環境が違えば、高血圧症を発症しない可能性もあるのです。
病気のうち、ゲノムの変化により引き起こされる病気を「遺伝性疾患」といいます。
ゲノムの検査は、遺伝子変異が直接、発症に関わる病気(特に単一遺伝子疾患)に対して役に立つのですね。
その通りです。病気の原因となる遺伝子変異を、遺伝子の「病的変異」、その遺伝子を「原因遺伝子」と呼びます。
ゲノムの検査による遺伝子診断
遺伝子変異はどのように見つけるのでしょうか?
血液からDNAを取り出してA・T・G・Cの並び(塩基配列)を読み取ります。そして、基準となるA・T・G・Cの並びと見比べて、違う部分を見つけます。
遺伝子変異にはいろいろなタイプがあります。読み取った塩基配列と、基準となる塩基配列(ヒト参照配列)を、コンピュータープログラムで比較して、異なっている箇所を検出します。 従来は、1回の検査で1~数種類の遺伝子のみを解析していましたが、近年は次世代シーケンサーと呼ばれる高性能機器の登場により、一度に多くの遺伝子、またはゲノム全体を検査できるようになりました。
- ゲノムには、図4に示したような小規模な塩基配列の変異だけではなく、より大きな範囲での塩基配列の変異*も存在します。そのため、検査対象の病気で予想されるゲノムの変化に対し、それぞれ適した解析法を選んでいます。
*例えば、後述の21トリソミー(ダウン症候群)では、5000万塩基対からなる21番染色体が1本増える。
遺伝子変異と病気の関係はどのようにして調べるのですか?
世界中の研究者が、遺伝子変異と病気の関係を調べて次々に報告しています。それらを集めたデータベースを利用します。
ゲノムの検査では、遺伝子変異(ヒト参照配列と異なる塩基配列)がいくつも見つかるのが普通です。これらをデータベースの情報と照合し、国際的に決められたルールや基準に基づいて、それぞれの遺伝子変異がどのぐらい病気との関わりがあるかを総合的に判断します。
検査で見つかった遺伝子変異が、病気の原因であると判断された場合、その変異を「病的変異」といいます。病的変異が見つかれば、遺伝子レベルで診断は確定します。しかし、検査を受けた時点では、病的変異かどうかがわからない遺伝子変異が見つかることがあります(「臨床的意義不明変異」と呼ばれます)。その場合でも、遺伝子変異と病気の関連性を解析する研究の進歩により、後になって病気とのつながりがわかることがあります。このため、特に臨床的意義不明変異が検出された場合には検査後のフォローアップが重要です(詳しくは第4章をご参照下さい)。
また、ゲノムの検査でわかる情報は、検査を受ける人はもちろん、血縁者にも様々な影響を及ぼします(詳しくは第3章をご参照下さい)。このため、検査を受ける前に専門家から詳しい説明を受けて相談する「遺伝カウンセリング」という支援があります。
ゲノムの検査によってどのような情報が得られ、その情報がどのように影響するかは、検査を希望する方やご家族の状況によって様々です。このため、ご自分の状況に合った説明を聞き、説明内容をきちんと理解した上で、検査を受けるかどうかを判断することが大切です。それを支援するのが「遺伝カウンセリング」です。遺伝カウンセリングとは、「人々が、疾患の遺伝的関与について医学的影響、心理学的影響および家族への影響について理解し、それに適応できるように支援するプロセスである」とされ、ゲノム医療の専門家(臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラー®)を含む医療チームが実施します。チームは、あなたやご家族の状況に応じて必要な医学的・社会的情報をご説明し、あなたが意思決定できるようにサポートしていきます。
遺伝子診断は病気の治療、予防にどう役立つ?
遺伝子診断はゲノム医療の第一歩です。病気の診断が確定すると、表のように治療や予防に役立ちます。これらのうち1〜4について具体的な例を見ていきましょう。
- 1. 病気の治療・予防・早期発見につなげられる場合
- 2. 治療や予防法はないが、診断により病状の経過の予測や管理上の注意点がわかる場合
- 3. 成人後に発症する病気などで、発症前にその可能性を予測できる場合(発症前診断)
- 4. 妊娠中の胎児に対して事前の診断が可能となる場合(出生前診断)
- 5. 病気が子に遺伝する可能性・確率を予測できる場合
- 6. 本人は発症しないが、そのゲノム情報が伝わることにより子供が発症する可能性がわかる場合(保因者診断)