Q&A

遺伝性腫瘍のゲノムの検査についてより詳しく知りたい方のためのQ&A

1.遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)

Q1. HBOCとはどんな体質ですか?
A1.
乳がん、卵巣がんの発症には、生まれつきの体質(遺伝要因)と、食生活や飲酒、喫煙、妊娠出産などの要因(非遺伝要因)の両方が関係します。一般的な乳がん、卵巣がんでは非遺伝要因が大きく影響しますが、乳房や卵巣にがんを発症しやすい体質を親から子へ受け継ぐ場合があり、これを遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)と呼びます。その原因遺伝子はBRCA1またはBRCA2遺伝子(以下、BRCA1/2)です。
Q2. どんな時に疑うのですか?
A2.
HBOCは、以下のような特徴がある場合に疑われます。
・血縁者(あなた以外)にBRCA1/2の病的変異をもっている方がいる
・あなたが既に乳がんを発症していて、以下のいずれかに当てはまる
 ・45歳以下の乳がん
 ・60歳以下のトリプルネガティブ乳がん*1
 ・2個以上の原発性乳がん
 ・第3度近親者内*2に乳がんまたは卵巣がんの方が1名以上いる
・卵巣がん、卵管がん、腹膜がんの方
・男性乳がんの方

*1:女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)により増殖する性質をもたず、かつ、がん細胞の増殖に関わるHER2タンパクあるいはHER2遺伝子を過剰にもっていない乳がん
*2:血縁関係の程度を表す「近親度」という指標があり、第1度近親者(両親、兄弟姉妹、子供)、第2度近親者(孫、祖父母、おじおば、姪甥)、第3度近親者(いとこなど)に区分される。

Q3. どうしてHBOCになるのですか?
A3.
HBOCの患者さんは、BRCA1/2の中に、生まれつき病的変異をもっています。乳がんの3~5%、卵巣がんの約10%はHBOCと考えられています。海外の報告では、BRCA1/2に病的変異をもつ方が一生の間にがんを発症するリスクは、乳がんが約70%、卵巣がんが20~40%とされており、一般の方の乳がん・卵巣がんの発症率と比べて非常に高くなります。
Q4. どのような検査をするのですか?
A4.
血液を用いて、BRCA1/2に病的変異があるかを調べます。この検査は保険診療で受けられる場合がありますので、担当医にご相談ください。
Q5. どの程度、遺伝するのですか?
A5.
両親のどちらかがHBOCの場合、その病的変異は、性別に関わりなく、50%の確率で子供に受け継がれます。ただし、病的変異が遺伝しても、必ずしも発症するわけではありません。
Q6. 検査を受けるとどのようなことに役立ちますか?
A6.
検査の結果、HBOCであることが判明すると、そこから様々な対策につなげることができます。例えば、乳がんに対する手術方法の選択、病気になる前に乳房や卵巣・卵管を切除して病気を未然に防ぐリスク低減手術の検討、乳房に対してより頻繁に検診を行うなどの対策があります。
一方、検査結果の解釈は困難なことがあります。「臨床的意義不明」な変異など、確定的な結果が得られない可能性は少なからずあり、たとえHBOCの疑いは少ないという結果であっても遺伝要因が関係ないとは断言できません。

2.リンチ症候群

Q1. リンチ症候群とはどんな体質ですか?
A1.
リンチ症候群では比較的若い年齢で多種類のがん(特に大腸がんや子宮体がん、卵巣がん、胃がんなど)が発生します。
どんな時に疑うのですか?
A2.
リンチ症候群は、以下のような特徴がある場合に疑われます。
・大腸がん、子宮体がんなど、多種類のがんにかかった人が家系内に多い
・50歳以下など若い年齢でがんにかかる
・二度も三度もがんにかかる
・同時にいくつかのがんにかかる
Q3. どうしてリンチ症候群になるのですか?
A3.
リンチ症候群は「ミスマッチ修復遺伝子」と呼ばれる遺伝子(MSH2、MLH1、MSH6、PMS2など)に病的変異がある場合に発症します。私たちの体の細胞では、細胞分裂の過程でDNAが複製される時に間違い(突然変異)がしばしば生じます。これを見つけて修復するのが「ミスマッチ修復遺伝子」です。ミスマッチ修復遺伝子に病的変異があるリンチ症候群の方は、生じた間違いを正しく修復できず、突然変異が蓄積していくため、がんにかかりやすくなると考えられています。
Q4. どの程度、遺伝するのですか?
A4.
両親のどちらかがリンチ症候群の場合、その病的変異は、性別に関わりなく、50%の確率で子供に受け継がれます。ただし、病的変異が遺伝しても、必ずしも発症するわけではありません。
Q5. どのような検査をするのですか?
A5.
患者さん本人がすでにがんを発症している場合、がん組織を用いたマイクロサテライト不安定性(MSI)検査*3が保険診療で受けられる場合があります。このMSI検査が陽性の場合、リンチ症候群の可能性は20〜50%と考えられます。確定診断は、血液を用いた遺伝子の検査で行います。リンチ症候群の遺伝子の検査はすべて自費診療となります。

*3:がん細胞から取り出した遺伝子には、正常の細胞に比べて「マイクロサテライト」と呼ばれるDNAの繰り返し配列が短くなったり長くなったりする変異がみられ、これを「マイクロサテライト不安定性(MSI)」という。リンチ症候群の患者さんのがん細胞では、MSIが高頻度に発生することが報告されている。

Q6. 検査を受けるとどのようなことに役立ちますか?
A6.
遺伝子の検査でリンチ症候群と診断された場合、あなたが将来、二度目、三度目のがんにかかるリスクを予測して、早期発見に役立てることができます。また、兄弟や子供が同じ遺伝子変異をもっているかを知り、将来がんにかかるリスクを予測するためにも役立ちます。

3.褐色細胞腫・パラガングリオーマ

Q1. 褐色細胞腫・パラガングリオーマとはどんな体質ですか?
A1.
アドレナリンやノルアドレナリンという内分泌ホルモン(合わせてカテコールアミンと呼びます)を作りすぎてしまう腫瘍ができる体質です。副腎に腫瘍ができる場合を褐色細胞腫(患者さんの90%)、副腎以外に腫瘍ができる場合をパラガングリオーマ(患者さんの10%)と呼びますが(発生部位の図も参照)、褐色細胞腫とパラガングリオーマは同じ性質の腫瘍です。ほとんどの患者さん、特に褐色細胞腫は手術で治りますが、10%の人は手術しても数年から十数年後に再発、転移を起こし、「悪性」と呼ばれます。日本での年間の患者数は約3000人で、そのほとんどは30~80歳ですが、小児も10%います。
褐色細胞腫・パラガングリオーマができる可能性のある部位
Q2. どんな時に疑うのですか?
A2.
おもな症状は高血圧、動悸、頭痛、発汗、胸の不快感などで、それらが発作性に起こり、便秘や糖尿病も多く見られます。このような症状があるときに疑いますが、一方、まったく症状がない場合もあります。
Q3. どうして褐色細胞腫・パラガングリオーマになるのですか?
A3.
腫瘍ができる原因は十分解明されていませんが、原因遺伝子が複数存在しており、患者さんの10~30%に原因遺伝子の病的変異が見つかります。病的変異が見つかった患者さんでは、血縁者に同じ病気の人がいる場合といない場合があります。
Q4. どの程度、遺伝するのですか?
A4.
両親のどちらかにこの病気に特有の病的変異が見つかった場合、その病的変異は、性別に関わりなく、50%の確率で子供に受け継がれます。ただし、病的変異が遺伝しても、必ずしも発症するわけではありません。
Q5. どのような検査をするのですか?
A5.
病気が疑われ診断する際には血液や尿のカテコールアミン濃度を測定し、腫瘍を探す目的でCTやMRI、シンチグラフィーなどの画像検査を行います。一方、全く症状がなく他の病気を疑ってCT検査や超音波検査をした際に、偶然腫瘍が見つかる場合もあります。確定診断は、血液を用いた遺伝子の検査で行います。
Q6. どのような治療をしますか?
A6.
腫瘍が摘出できる場合には手術を行います。手術の前や、手術できない場合にはカテコールアミンの働きを抑える飲み薬が必要です。「悪性」の場合は化学療法、放射線治療などを組み合わせて病気が悪化する速度を抑える治療をします。
Q7. どのような経過が考えられますか?
A7.
診断が遅れると、命に関わる心臓の合併症が生じる可能性があります。そうなる前に手術がうまくできた場合はいったん完治します。しかし、腫瘍が「悪性」か「良性」かを識別する方法がないため、生涯にわたって定期的な検査が必要です。「悪性」の場合、完治させるための治療が未だ確立しておらず、どのような経過をたどるかは患者さんごとに大きく異なります。