1. ゲノム医療で調べること、わかること
  遺伝子診断は病気の治療、予防にどう役立つ?

登場人物
亜美乃さん
36歳、1児のママ。最近よく目にする「ゲノム」について知りたい。本人は高血圧症の持病がある。3歳の息子は筋ジストロフィーの疑いと言われており、先日、母親が乳がんと診断された。
玄務(げのむ)先生
ゲノム医療に詳しいお医者さん

1. 病気の治療・予防・早期発見につなげられる場合

遺伝子診断で遺伝子の病的変異がわかると、病気の治療・予防・早期発見につなげることができます。ゲノム医療の進歩とともに、これまでは治療法がなかった病気に新たな治療法が誕生する例も出てきています。

例1:脊髄性筋萎縮症の治療

脊髄性筋萎縮症は単一遺伝子疾患です。赤ちゃんに「筋力が弱い」という症状がある場合、様々な病気の可能性が考えられますが、ゲノムの検査で、SMN1遺伝子の変異による脊髄性筋萎縮症であると診断された場合には、新しく開発された遺伝子治療薬などを用いた治療を受けられる可能性があります。

例2:遺伝性腫瘍の早期発見

がんは、環境などの影響で体の中の一部の細胞にがん特有の遺伝子(群)の変異が起こることで発症しますが、人によっては、生まれつきの遺伝子変異によってがんを生じやすい体質をもつことがあります。このような体質の人のがんを遺伝性腫瘍と呼びます(一般的ながんは「散発性腫瘍」と呼ばれます)。遺伝性腫瘍は何種類も知られており、それぞれの原因遺伝子も見つかってきています。
遺伝性腫瘍では、全身の細胞ががんになりやすい性質をもつため、複数の臓器にがんが発症したり、同じがんに2回以上かかることもあります。このため、サーベイランス(積極的な検診)を受けることで、新たながん(最初に見つかったのとは別の臓器のがんや2回目のがん)を早期発見できる可能性があります。
遺伝性腫瘍のうち、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)、リンチ症候群、褐色細胞腫・パラガングリオーマについて、ゲノムの検査を考えておられる方のためのQ&Aを末尾に掲載しました。本文よりも、より具体的に説明していますので、関心のある方はご覧下さい。

遺伝性腫瘍の例
病名 : 遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)

原因遺伝子 : BRCA1, BRCA2
発症しやすいがんの例 : 乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がん

病名 : リンチ症候群

原因遺伝子 : MLH1, MSH2, MSH6, PMS2 など
発症しやすいがんの例 : 大腸がん、子宮体がん、卵巣がん、胃がん、小腸がん、腎盂・尿管がん

病名 : 家族性大腸ポリポーシス(FAP)

原因遺伝子 : APC
発症しやすいがんの例 : 大腸がん、十二指腸がん、胃がん、デスモイド腫瘍

病名 : リ・フラウメニ症候群

原因遺伝子 : TP53
発症しやすいがんの例 : 骨肉腫、乳がん、脳腫瘍、副腎皮質腫瘍、白血病

がんのゲノム医療<
発がんしやすい部位

遺伝性腫瘍サーベイランス

ゲノムの検査で自分が遺伝性腫瘍だとわかった場合や、まだがんを発症していない血縁者が患者さんと同じ病的変異をもっていることがわかった場合(発症前診断参照)には、遺伝性腫瘍でがんになりやすいことが知られている臓器の検診を積極的に受けることで、がんを早期発見できる可能性があります。このような検診をサーベイランス(積極的な検診)と呼びます。
例えば、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)では乳房MRIによる乳がん検診、リンチ症候群では大腸内視鏡検査、リ・フラウメニ症候群では全身MRI(実施可能な施設が限られます)などの検査が推奨されています。

2. 病気の経過予測や管理に役立てられる場合

治療や予防に直接つなげることが難しい病気であっても、遺伝子診断により生活や医療管理に役立つ情報が得られることがあります。

例1:骨形成不全症の経過予測

骨形成不全症は、骨が折れやすくなったり、目や歯などに様々な症状が現れる病気です。病的変異が見つかった遺伝子や変異の種類によって、骨折の頻度や症状が現れる臓器などに違いがあるため、遺伝子診断によって今後の病気の経過をある程度予測することができます。

例2:筋強直性ジストロフィーの投薬管理

全身の筋力低下や様々な臓器の症状を伴う筋強直性ジストロフィーは、一部の高脂血症治療薬や麻酔薬などの投与で合併症を起こしやすいことが知られています。正確な遺伝子診断がつけば、このような危険を回避できる可能性が高くなります。

3. 発症する前に病気の可能性を予測できる場合(発症前診断)

遺伝子診断によって、病気を発症する可能性を事前に予測できる場合があります。

発症前診断とは

現時点で明らかな症状がない人が、将来、病気を発症する可能性を知るためにゲノム情報を調べることを「発症前診断」といいます。発症前診断は、遺伝性腫瘍や単一遺伝子疾患をすでに発症している患者さんで見つかった病的変異を、血縁者がもっているかどうかを調べるケースに限られます。ただし、同じ病的変異をもっていることがわかったとしても、具体的な発症時期、発症した場合の経過や程度を予測することはできません。

発症前診断を受けるかどうかを考える時の二つのポイント

一つ目は、検査対象となる病気の発症前の予防法や発症後の治療法があるかどうかです。予防法や治療法がある場合には発症前診断によって早期発見・早期治療につながると考えられます(例えば、遺伝性腫瘍の場合は、血縁者がサーベイランスを受けることでがんの早期発見につながります)が、そうではない場合には検査を受ける方の健康管理に直接役立てることができません。
二つ目は、病的変異をもっていた場合の発症の確率です。発症する確率が100%である病気の場合は、患者さんと同じ病的変異をもつ血縁者は将来いずれかのタイミングで発症することが明らかとなります。一方で、発症する確率が100%ではない病気の場合には、患者さんと同じ病的変異をもっていても全員が生涯のうちに発症するとは限りません。
発症前診断では、検査の対象となる病気のことを十分に理解すること、病気を発症する可能性を予め知ることが今後の人生や健康管理にどのように影響を与えるのか、検査後の見通しを自分自身でよく認識したうえで、検査を受けるかどうかを慎重に検討していただく必要があります。

家族が遺伝性の病気になると、「自分も将来同じ病気になるかもしれない」という不安が生まれます。その不安から解放されたいと考えて、発症前診断を希望する人がいるかもしれませんね。

でも、発症前診断でわかるのは、患者さんと同じ病的変異をもっているかどうかという情報のみです。将来発症する可能性を知ることの影響を熟慮したうえで、検査を受けるかどうかを決めることが肝要です。

4.妊娠中に胎児の診断が可能となる場合(出生前診断)

おなかの中の赤ちゃんのことを調べる検査の中にも、ゲノムの検査があります。

出生前診断とは

赤ちゃんが生まれる前に、何か病気をもっているかを調べ、診断を行うことを「出生前診断」といいます。出生前診断では、赤ちゃんが生まれつきもっている病気(先天性疾患)の一部を知ることができるので、両親がその病気の情報を得たり、赤ちゃんの出生後の治療の準備をしたりすることができます。また可能であれば、妊娠中に治療を開始することもあります。
ゲノム情報をもとにした出生前診断として、新型出生前診断(無侵襲的出生前遺伝学的検査:NIPT)があります。妊婦さんの血液中には、胎盤から出る胎児由来のDNAが少量混入しています。NIPTでは妊婦さんの血液中のDNAを調べて、胎児の染色体異常の有無を検査します。ただし、現在検査できるのは、21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーの3疾患です。検査結果は陽性・陰性で表されますが、偽陽性(本当は陽性ではないのに陽性と判定される)が一定割合存在するので、確定的検査が必要になります。
確定的検査とは、胎児の細胞を用いて、胎児のゲノムの検査を行うものです。胎児の細胞の採取方法により「羊水検査」と「絨毛検査」があります。羊水検査では、妊婦さんの腹部に針を刺して子宮内の羊水を採取し、羊水に含まれている胎児の細胞のゲノム情報を調べます。検査に伴う流産のリスクが約0.3%あります。絨毛検査では、妊婦さんの腹部から刺した針で絨毛を採取してゲノム情報を調べます。絨毛は胎盤を形成する細胞で、胎児の細胞と同じゲノムをもっています。絨毛検査は羊水検査よりも早い時期に検査を受けられますが、検査に伴う流産のリスクが約1%あります。

NIPT以外の非確定的検査

妊婦健診ですべての妊婦さんが受ける「超音波検査」は、胎児の発育状況を確認するためのものですが、この検査で何らかの先天性疾患の可能性が見つかることがあります。また、妊婦さんが希望する場合は、胎児の全身の形態を精密に調べる「胎児スクリーニング超音波検査」を受けることができます。この検査によって、胎児の内臓・骨格などの形態異常を伴う病気については確定診断ができますが、ゲノム情報については変異をもっているかどうかの可能性しかわかりません。
母体血清マーカー検査」も妊婦さんの血液を用いる非確定検査の一つです。妊婦さんの血清に含まれる胎児の病気に関係する成分の量を調べて、胎児が21トリソミーや18トリソミーである確率を計算します。結果は確率で示されるので、診断を確定するには確定的検査が必要です。

出生前診断でわかる病気

生まれた赤ちゃんが何らかの先天性疾患をもつ確率は、全妊娠の3~5%とされており、決して珍しくありません。そのうち、染色体の不均衡によるものが25%程度で、その70%を21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーの3疾患が占めています。コピー数バリアントとは、染色体中の微細な欠失や重複によって、数個の遺伝子を含む領域のコピー数が変化することであり、先天性疾患の原因の10%程度を占めます。一つの遺伝子の変異によるもの(単一遺伝子疾患)は20%程度ですが、上のお子さんが単一遺伝子疾患であるなど、解析対象の遺伝子が絞られている場合にのみ診断できます。つまり、出生前診断で判明する病気は一部の先天性疾患のみということになります。

先天性疾患の原因

妊婦さんやそのご家族は、胎児が何か病気をもっているかもしれないという漠然とした不安から、出生前診断を受けようとされることが多いようです。出生前診断を受けるかどうか迷ったとき、さらに検査の結果、胎児に先天性疾患が見つかったときには、ゲノム医療の専門家(臨床遺伝専門医および認定遺伝カウンセラー®)による遺伝カウンセリングを受けることができます。ゲノム医療の専門家は、妊婦さんやご家族が各検査の特徴・方法や、出生前診断を受けるメリット・デメリットを理解し、漠然とした不安や疑問を解消して、自ら意思決定ができるよう支援します。

出生前診断を受けるかどうかは、検査の方法や検査でわかることをよく理解し、パートナーや家族とよく話し合って、決定することが肝要です。

検査の前に、まず遺伝カウンセリングを受けて、メリットとデメリットや、検査でわかることの限界を理解することが大事ですね。

がんのゲノム医療
がんのゲノム医療<
がんのゲノム医療
これまでは、がんができた臓器に応じて薬を選んでいたが、がんゲノム医療では、がん組織のゲノムを調べ遺伝子変異に応じた薬を選ぶ。

がん全体のうち、遺伝性腫瘍は5~10%、散発性腫瘍は90~95%です。遺伝性腫瘍と散発性腫瘍の違いは、生まれつきがんを発症しやすい体質(遺伝子の病的変異)をもっているかどうかです。
がんでは体の中の一部の細胞において、細胞増殖に関わるタンパク質の遺伝子や、DNAの傷の修復に関わるタンパク質の遺伝子など、特定の遺伝子群に変異が生じています。そうした、がん細胞における遺伝子変異を狙ったがんの薬が次々に開発されています。
こうした背景から2019年に「がんゲノムプロファイリング検査」が始まりました。これは、がん組織を用いて、がん細胞で変異している可能性がある多数の遺伝子群(時に100以上)を一度に検査するもので、遺伝子変異に合った薬が見つかる可能性があります。